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真希が死を恐れていない理由

とても長いですけど、湧き出るがまま一気に書きました。
※いろいろ追記が入りました。 (11/15 09: 35)



真希は、死というのは恐れていません。




それは強がりとか、勇敢なココロを持ってるからとか、
強いココロを持っているからとか、そういった理由ではないです。


昔の真希は、死ぬことがとても恐いと思っていました。
今とは真逆です。


真希が、死を全く恐れなくなった理由は、
死に対しての認識だけではなくて、

真希が経験してきたとても不思議な出来事と、
途中から真希の中に入ってきた人格が、

大切な事をたくさん真希に教えてくれたことで、
いろんなことがいつのまにか、歪められた視点で
見ていたことに気がついたからです。





例えばたくさんあるうちのひとつ、
『 時間 』 、 『 年月 』 、 『 年齢 』 というもの。


みんな、長生きが出来れば幸福、短命なら不幸というふうに思ってる。
今では、どこ行っても名前のあとに必ず何歳って付いてくる。

アナログであるはずの人間が、デジタルで決め付けられている。


でも、実は人間っていうのは時間の流れのなかに生きているわけでは
ないということを、真希自身から教えてもらった。





100歳まで生きた人も、

10歳でこの世を去った人も、

たとえ200歳まで生きようとも、

実はすべての生命は、『 今 』 しか生きていない。


人生というものは、『 今この瞬間 』 の連続であり、
その一瞬一瞬がすべてであり、未来も過去も、 『 今 』 を生きています。

『 今 』 が、かけがえのない尊さに満ちています。

大古から人間は、時間は流れているという認識でいますが、
本質は、『 今 』 という瞬間が重なり合ってるものなのです。


そしてひとつひとつの出来事は、偶然のようにコチラにやってくるのではなく、
自分自身が、そのずっと先 ( 未来 ) にいる自分自身のためになることだけを
絶えず創造させています。


すべての人間は、自分の人生を自分で創造する力を持っているんです。

その時、自分の潜在意識がなにを一番強く認識しているのかで
創造するものが大きく変化していきます。

たとえ、起きた事の意味がわからない、受け入れ難いことであっても、
実はずっと先にいる自分自身が、それがどういう意味を持っていて、
どんな事を知ろうとしているのかを既に知っています。





みんながこだわっている年齢の長さも、
時間は流れているものだと認識しているからこそ、

生きている長さのほうばかりが幸福の基準で、
一瞬一瞬に対しての感謝はなくなり、必然的に短い人生は
『 かわいそう 』 となってしまう。


大事にするべき所を勘違いしている。

本当は、いっぱい込められたその一瞬一瞬のほうが物凄く大事なのに、
『 長い 』 、 『 短い 』 、で勝手にその人の人生をかわいそうな人生だったと
評価してしまうのはとても失礼だ。

人生でとても大切なことは、どれだけ長生きできたかではなく、
どれだけ込めて生き抜いたかだ。





人は、常に人のために使命を持って生きている。

同時に、
人のためにしたことが全て自分自身のためであった事を教えてもらった。
この人生というのは自分が主役です。


『 我は人々のため 』
『 人々は我のため 』

ではなぜ、世の中に悪人がいるんだろう。
昔の真希は、それがどうも矛盾していて理解できなかった。





ある瞬間に、すべてはひとつであるという事を教えてもらった。

この真実を謙虚に、よーく深いところまで考えてみると、
私達は様々な事に対して、とても大きな思い違いをしている事に気がついた。


すべてがひとつであるならば、それをひとりの人間として考えてみる。

『 地球 生命体 』 という名前の、ひとりの人間に、
栄養の偏りや歪み、痛みがあるとしたら、
一体誰が、それを教えてくれるんだろうか。

一体誰が、人生すべてを賭けて、
訴えて、叫び、さらけ出し、表現してくれるんだろうか。

誰かが私を教えてくれなければ、どうやって病んでいることを
知ることができるんだろうか。


真希は、今まで憎むだけであった悪人といわれる人達、
人から嫌われる人格として成長した人達に対して、
見る目がすっかり変わってしまって、涙が出るようになった。


『 あらゆるすべての攻撃は、助けを呼ぶ叫び声 』 である事を
教えてもらった。





とても、とても、厳しいことですけど、

恐ろしい事件や、多くの犯罪を見たときに、
『 これは私の世界のなかで発生していることです。 』
と、認めなければならないのです。

『 これは私の責任です。 』 と認め、宣言して初めて、
物事を変える力を得るということを教えてもらった。





すべての生命は、誕生する前に、
『 私自身 』 でもある、今その瞬間にいるみんなのために、

その時点で必要なあらゆる能力、逆に未熟なもの、障害といわれるもの、
制限されたものを携え、その環境に必要な形に姿を変えて誕生し、
そしてみんなにとって一番必要なものだけを残して、去ってゆく。

すべての生命は、その環境をみずから選んで生まれてきます。

人間は、なんの意志も持たずに
その家族のもとに生まれてくるわけではないのです。


実はこの世で出会う人々は、
以前に数百回と再会を繰り返してきた人達であることを知った。





そして勘違いしてはいけないこと。


ヒトが未熟で至らないところがあるのがダメなのではなく、
未熟で制限があって不完全であるからこそ、素晴らしいことなのです。

最初から満たされていたら、
満たされる感動が実感できず、それは無いのと同じ事です。

『 素晴らしさ 』 を感じるためには 『 素晴らしくないもの 』 がなければ
それを知ることは不可能です。

『 偉大さ 』 は 『 偉大ではない 』 ところにいかなければ
実感できません。


何事も、『 そうではないもの 』 があるからこそ
それを実感、体験でき、自分を知ることができる。

生命が誕生することの大きな意味は、そこにあるのです。
人間は、見かけだけで他人の人生を勝手に評価するものではない。





不安になる事は何もないことを教えてもらった。


良い結果にならない事もあるから不安になるのではく、
不安になっている意識の波長の積み重ねが良くない結果を呼ぶのです。

それでも、自分の思うような結果にならなかった場合でも、
結局は自分にとって最高の結果である事を知った。


つまりは、自分がしたいこと、感情も含め、逆らわずに
涌き出るがまま自然の流れに身を任せていれば、
すべてうまくいくことを知った。





すべての人生に、
なにひとつ間違いはないという事を教えてもらった。

間違いだというのは、
この宇宙の法則、自然の摂理が間違いを犯しているということだ。

私達人類全体がこれまでしてきた過去を、省みることもしていない、
学習もしない、真剣に分析もしない、真実も捻じ曲げて伝える、
それどころかその状態に対して意識改革をするのではなく、
今まで通り維持させるために、破壊、攻撃、殺戮を止めようとしない。

そのくせ 『 自然は恐ろしい 』 という。
人間が一番恐ろしいのではないですか。


今現在のあらゆる状況は、人間達の意識通りのことが結果として
創造されたものに過ぎません。

そこに間違いはなく、ある意味、思い通りになっているということ。


ですから、それが自分達に相応しくないと感じたのであれば
意識改革するしかないのです。





『 失敗 』 、 『 間違い 』 、 『 悪 』 、 『 邪 』 は、
否定、批判、排除するけれど、
それでは物事の本質を見抜くことは出来ず、見誤ることになる。

すべての行き着く先は決まっているけれど、大きく遠回りすることになる。


ふつう壊れたものを直す時、手も触れずに直せるのか。

本当にそのままではいけないと改善を思うのなら、
一旦手に取って触れてみて、よく観察し、必要なものを揃えて直すはず。


それが人間に対してであるなら、
あるがままを認め、尊重し、歩みよる。

それが出来て初めて、『 手に取って 』 となる。





人間の人格というのは、肉体にはなく、
自分の後方にあるのだということを教えてもらった。


自分の考えというのは、
後方にある意思を土台、基礎として成り立たせている。

その意思とは、様々な人生を生きた自分自身の意思であり、
その先 ( 未来 ) にいる自分自身であり、
既にすべてを知っている自分自身である。


それは肉体側の自分のココロとは別で、
後方にある大いなる意思が、

『 もうこの身体での役目が終わった 』
『 再び形を変える必要がある 』 と判断したとするなら、
真希は大きな幸福感を持って、受け入れるだろう。


死後、お迎えがやってくるというのは、
実は自分自身でもあることを知った。





最後に心得ておかなければいけない大切な事。


実は私達は、 『 生きている 』 のではなくて、
『 大いなる意思によって生かされている存在 』 であるという事。


いかに長く生き延びる事を考えるのではなくて、
『 どうやって死んでゆくか 』 という事がとても大事で、
常に自分のココロに置いておく事。


長さなどは二の次、
今という一瞬一瞬が一番大切で、『 二度とやってこない私 』 なんです。

常に、どんな時も感謝を忘れてはいけない。
自分が人のお役に立てた時は、きちんと感謝をする事。

今自分が出来ることは必ず誰かのために、
その先にいる自分のためになるのです。





当たり前のことですけど、ヒトはいずれこの世を去っていきます。
去らないヒトはいません。

そういう話は縁起でもないと言われますけど、
では何歳まで生きれば、みんな納得して、不幸ではなくなるんでしょうか。


すべての人間は、

『 どういう生き様を残して死んでゆくか 』 、という
変えようのない事実があることを、忘れてしまっているのか、
どこか思い違いしてるのか。


それに対して、何を根拠に恐れなければいけないんでしょうか。


『 自分はまだ、生かされている 』
『 では、私がまだ必要とされているのだ 』

と考えれば、感謝しか残らないと思いませんか。





最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

プロフィール

真希 ( 旧、ぶぅーちゃん )

Author:真希 ( 旧、ぶぅーちゃん )
訪問ありがとうございます。
真希です。
(2010年11月に改名)

子供の頃は自閉症、今は正式に性同一性障害者と診断されました。
まだ戸籍上は男性です。

睾丸摘出済み。
2週に1度、女性ホルモンの
注射を打ち女性化 ( 治療 )
を行ってます。


すんごい子供っぽい性格ですけど、時々神さまが真希の中に降りてきて、とってもいい記事を書かせてもらってます。


是非、クリック募金もよろしくお願いします

2010年12月より、ユニセフに
毎月2000円寄付始めました。


詳しくは 【 前略プロフ 】 にて

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